海外引越しに向けて。。

旦那の会社が大きくて、海外赴任になる可能性も。。といわれ続けて○年・・(笑)
生まれ育った淡路、家族を築きあげた淡路、住み慣れた淡路島を出て、新しい住処に引っ越す。

海外なんて、洋上大学(20歳の時)にいったきり!
寂しがりやの私は、家族がいつも一緒でないとだめなので、単身赴任は論外!(笑)
家族みながひっこしとなると、本当に色々と準備やなんやかんやと大忙し!

それでも夢の世界1周ではないけれど、知らない国にいける楽しみがある。

たぶん、みーんな引越しなんて慣れてないと思う。もちろん私も!
でも、これから日本の企業が発展していくためには海外に日本人が行き、学び、交流し、刺激しあうことも必要になる。
なので引越しのあれこれを書いていきたいと思います!

2008.6 海外に転勤になるかもとの情報・・(でもどこに、何年ともわからず・・)
2008.8 赴任先が微妙にわかりだす。
早速、色々な情報をネットで調べだす。
(家族が一緒となると学校、環境、言葉、私にとってとっても大事なネット環境。調べることが山のように!)
2008.9 中途半端な情報のまま毎日が過ぎ、いつでもどこでもどうぞって気持ちに!(笑)
2008.10 赴任先決定!(やっぱりいくのね。。そんな気持ちがどこかに。。そして準備パスポートや予防接種などのことを調べだしました。)
家も探さなきゃ、引越し業者は?向こうの環境は?学校は?保育園は?調べなければならないことがいっぱい!

(日本人がしている不動産をネットで探し、メールして詳細を聞いたりして現地に物件探しに行くまでに情報収集。けっこういい人に出会い、色々な向こうのことを聞くことが出来ました。もちろん不安も現地を見ていないのであるけれど、心強いひとと出会うことが出来ました。)
2008.11 まず予防接種。何を打っていかなければいけないか?ネットやかかりつけの医者に相談して摂取開始。私達の行く中国では(大人はA,B型肝炎、狂犬病、破傷風、子供達はB型肝炎、狂犬病、日本脳炎、MR(麻疹、風疹)などが必須。インフルエンザも一緒に計画を立てて打ち始めました。

生ワクチン(生ワクチンとは?・・・病原性を弱めたウィルスや細菌等をワクチンにしたもの。接種期間は27日以上です)と不活性ワクチン(不活性ワクチンとは?・・・大量に培養されたウィルスや細菌等を精製して過熱やホルマリン処理し、病原体を失活させ不活化したもの。接種期間は6日以上です。)があるので毎週火曜日に家族全員でかかりつけの医者に行き予防接種。

痛がる子供になんて説明していいやら・・(-_-;)

副作用もなく無事順調に予防接種も進んでいますが、一番多く打たなければいけないのがそうた、ゆうか・・かわいそうになってきます。。

予防接種とともにパスポートの申請もして無事ポスポート入手。
(本籍地で戸籍謄本を取ってきたり、写真を撮りにいったり(微妙にサイズが違うとアウトになるらしくきちんと写真やさんで撮ってもらうのが一番いいらしい。。)

2008.12 旦那が初めて転勤先の会社にいくことに。。(家探しも兼ねて・・)


家も見つかり、生活用品の交渉も(上海では家具が備え付けてあります。なので電化製品など電圧(V)などの違うものは向こうで調達しないといけません。)始まりました。

日本から製品を持っていくなら、変圧器やコンセントの形状にあった変換プラグを買う必要があります。

日本内での手続き、児童手当の受け取り名義変更や家はそのまま置いておくので、実家への名義や引き落とし口座の変更など。。

そして愛車の処分も検討中。。(ナンバー外して置いておきたいぐらいなのですが・・)
どうなるのやら。。。(^^;;

旦那が出発する日が決まると、慌しくなってきました。

家を探して会社の人に契約をお願いして、
2009.1.7 会社からの赴任研修の一環で、カウンセリングがありました。旦那と、私とあいな(長女中2)が受けに行ってきました。

将来の進路のことで詳しい情報を頂きました。
(中国には日本の高校が無いので現地の高校(中国語での授業)にいれるか、インターナショナルスクール(英語での授業)にいれるか、また一人だけ実家からでも日本の高校を受けるのか・・など色々な情報を知りえました。

それまでどっかのアメリカ系の高校に入れればいいや!ってかるく思っていたのですが、
実は、せっかく卒業しても日本が認めてくれる卒業証明を出してくれる高校がすくないと・・
旦那の出発まで、家族のコミュニケーションも十分に取ったり、パソコンで会話をするために、スカイプの設定をしてカメラやマイクの調整をしたり、色々と相談したりしていました。
とっても不安で、悲しくて・・でも出発当日は笑顔で見送りが出来ました(^^)v
2009.1.13 旦那が上海に向けて旅立ちました。
異国の地で新しい生活をスタートさせたようです。

スカイプのおかげで、旦那の顔が見れるので子供達も不安にもならず行ってすぐにパソコンの設定をしてもらい、スムーズなスタートとなりました。。
気がつけば1ヶ月が過ぎていました。子供達がいるおかげかそんなに寂しい思いもせずに、保育園や小学校の役員の仕事や、引越し準備を進めていきました。
2009.2.10 船便第1便出荷。あれもこれもと色々と荷造りし、最後のほうは疲れて業者任せ・・(^^;;
それでも無事荷物を出すことが出来ました。会社の制限の6割に荷物を抑えることが出来ました。
残りで航空便と船便第2便で引越し終了。すこしの合間はゆっくりできそう?!
2009.2.21 40日ぶりに旦那が帰ってきました。子供達もとっても嬉しそうです(^^)v
しかしそのままの日本での出張に・・・
ゆっくりするまもないまま仕事に行きました(^^;;
2009.3.20 旦那が私達のお迎えで日本に帰ってきました。
日本で家族が揃って慌しく過ごしました。
2009.3.29 家族6人が揃って、新しく住む上海に旅立ちました。ドキドキワクワク。。
2009.3.30 今日から上海での生活。車がない、言葉が通じない、ほこりっぽいなどなど嫌な面があるけれど、日本人の人との出会いや新しく出会う環境の中で楽しみを見つけていきたい。
3週間が過ぎた頃、子供達の生活も徐々に慣れてきたかと思えば、旦那の出張が多く、なかなか一緒に過ごすことが出来ない。子供のストレス、私のストレスがピークに達して、子供を連れて日本に帰ってきました。
家族が揃って生活を・・と願って引越ししたのに、なかなか会えないパパへの不満、一人で色々と段取りすることや、楽しみ探しにしんどさを覚え始めた一番つらい時期がありました。
今思えば、もうすこし踏ん張っていれば・・とも思うけれど、子供達の心、環境、私の不安、心細さなどにギブアップ。

日本は物が豊富で便利で安全な国。

たった3週間だけど、色々なことを学べた気がします。
2009.4.25 子供4人と私だけが上海から日本に。。
再び、パパと離れるつらさ、さみしさがあるけれど、日本の生活を個々に考えて選んだ決断。
日本での生活を充実させようと頑張り始めました。

色々な思いがそれぞれにありました。
気持ちを入れ替えて一人で上海で頑張っている旦那、パパに負けないぐらいに、日本での生活を充実させて、再び家族が揃う日を願って過ごしたいと思います。
2009.11.25 日本に戻ってきて7ヶ月。やっと夫の居ない生活にも慣れてきたようなぁ。。
子供たちも私もマイペースにそれぞれのことをがんばっています。
でも心の中では早く家族みんなで暮らせる日が来ますようにと願っています。
 2013.3.1  夫の本帰国でまた家族揃って暮らせるようになりました。
4年間本当に寂しい思いもしたり、色々とありましたが、また6人で暮らせることができました。


2013年3月末より伊丹で新生活スタート





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